テーマ – 仏の教えとともに今を生きる
「一粒万倍の教え」ー回向の心(平成25年11月24日)

 武家の古都鎌倉に惹(ひ)かれて、遠路の所をわざわざいらした方もおありかと思います。武士が澎湃(ほうはい)として生活していた、鎌倉時代の往時を思い浮かべつつ、法話を聞いていただければ、幸いと存じます。
 その昔、鎌倉を根拠地として、北条氏が執権として幕府を担っていた時代がありました。その頃、時の執権に取り立てられて、幕府の重要な職に就いていた青砥藤綱(あおとふじつな)という武将がおりました。この人物はある日の夜、鎌倉の街中を流れる滑川(なめかわ)を渡ったところで、銭10文を川に落としてしまったのです。暗闇の中ですから、落とした銭を探し出すなど容易ではありませんし、それほどの金額でもなかったので、普通ならば仕方無いで済ませてしまうところですが、藤綱は違いました。従者に命じて、銭50文を出して松明を買ってこさせ、その明かりを頼りに探させ、ようやく拾い上げたというのです。
 後日この話を聞いた人々が、「10文を探すのに50文も出して松明を買ったのでは、損をするだけではないか。」と嗤(わら)ったそうです。でも藤綱は「10文は少ないかもしれないが、これを探さなければ、天下の貨幣を永久に失うことになる。松明の50文は、自分にとっては損したことになるが、売ってくれた人は利潤を得たであろう。合わせて60文の利となれば、はなはだ大きいものではないか」と答えたそうです。
 藤綱の故事は『太平記』などにある話ですが、自分の利害だけを考えて物事を判断するのではなく、世の中全体を考えた上で、物事を判断すべきという、鎌倉武士への教訓として、伝えられてきたのでしょう。

 さて、時代は替わって、今日の世の中を動かす原動力は何かと言うと、政治や法律は勿論大切ですが、経済の果たす役割も大きなものがあります。人々の幸福感といったものは、経済活動いかんによって、左右されることが多分にあります。ところで今で言う「経済」という言葉は、福沢諭吉が最初に使ったということですが、元々は中国の古典にある「経世済民」とか「経国済民」と言って、使われていたそうです。今ではお金を儲けることがそのまま経済活動のように思われますが、その昔、経世済民と言えば、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」意味であったというのです。つまり世の中を上手におさめることによって、人々を苦しみから救おう、ということですから、今考えられる経済、生産・分配・消費だけではなく、政治的にも社会的にも関わる、広い意味を含んでいたのです。
 それから時が下って現代に来ますと、「世のため人のため」として行う経済が、いつの間にか、「ウチの会社さえ良ければ」とか、「利益を出すことが第一だ」などと中身が変わりました。ここのところ、名だたる有名ホテルのレストランでも、その多くに食品偽装があったことが発覚して、世間を騒がせました。これではエコノミックアニマルと言われても仕方ありませんね。
 経済活動は決してお金儲けのためだけではない。もちろん稼ぐことは大事で、社員を食べさせていかなくてはなりませんが、利潤をあげた分、社会に還元することを忘れては、経世済民の言葉が泣きます。そういう意味で昔の青砥藤綱の美談は、今の経済を考える上でも、お手本になるのではないでしょうか。

 さて、「情けは人の為成らず」という、昔から言い慣わされてきた諺があります。ボランティア活動盛んな今の世の中、被災した人たちに慈善の心がけで、積極的になされている方もおられます。そういう方にも、「情けは人の為ならず」は当てはまるでしょう。
 その一方で、この意味を「情けをかけてやると、相手を甘えさせるから為にならない。だから情けはかけない方が良いのだ」と、解釈をする人も増えているということですが、世知辛い世の中を象徴しているようです。
 「情けは人の為ならず」の本来の意味は、
 「人に情けをかけることは、巡り廻って自分に返ってくるものだよ。だから人に情けをかけることは大事なんだ」と、昔の人はこういう意味で使ってきました。
 言葉というのは時代を反映し、時代とともに移り変わっていることも事実でしょうが、この諺は、本来の意味と、今使われている意味とが、全く逆転していますね。そして本来の意味、「情けをかけることは、巡(めぐ)り廻(めぐ)って自分に返ってくる」という考え方は、仏法で説くところの、縁起(えんぎ)の思想に大変近いのです。(ご縁があったらまた会いましょうの縁です。)
 縁起の思想というのは、一切の事物事象というのは、ある原因に、条件となる縁が関わって、生じたものということです。たとえばここに太鼓がありますが、太鼓はここに置いたままでは、いつまで経ってもドンドンという音は聞こえてきません。叩き手がバチを持って叩いた時に、音が聞こえてきます。そこには太鼓の皮に対して、叩き手とバチという縁が関わって、初めて音を出します。これは太鼓の音に限らず、我々の世の中にあることは、森羅万象全てについて言えることです。
 我々はこの世に存在していますが、人間一個の存在も、そこには様々な人との縁、大きく言えば、周りを取り巻く環境世界との関わりの中で、環境が条件となり、我々の苦楽の人生や生活があります。何れにしても我々は、単独での存在はあり得ません。これが仏教で説く因縁・縁起の世界ですから、周囲と協調することにも、充分意を用いなくてはなりません。
 そこで皆様方は、何か良いことがあった場合に、周りから祝福されることがあるでしょう。新築の家が完成したとか、ご主人が会社の地位が上がったとか、そういう時にお祝いされて、どんな言葉でお答えしますか……。
 「お陰様で」と返しますね。様々な周囲のお陰を蒙(こうむ)って、喜ぶべき結果となりましたという、へりくだった感謝の言葉です。「お陰様で」は、様々な場合に通用する便利な言葉ですが、この言葉は、英語やほかの外国語には翻訳しにくいそうです。なぜならば、欧米人はそういうへりくだった感覚が余りないということもあるでしょうが、より深くには、日本人の「お陰様で」という背景には、やはり仏教の縁起という考え方が深く関わっているとされます。それで仏教に無縁だった外国の人には、少々難しい言葉なのかもしれません。

 さて、人々のお陰を蒙ったならば、今度はお返しをする番です。報恩の心ですね。ところがこれも、西洋的なギブアンドテークの考え方を当てはめようとすると、おかしなことになる。直接恩を受けた相手が特定され、何か品物などで御礼できれば良いでしょうが、不特定多数のお陰を蒙った場合には、なかなか難しいことになりそうです。自分の主人が職場で出世したという場合一つ考えましても、上司から部下、同僚、お掃除のおばさんまで、様々な人のお陰を蒙ったのであれば、恩返ししようにも仕切れない。そういう場合はどうするか。そこには仏教の回向(えこう)という考え方があります。自ら積んだ善行の功徳を他に差し向けることです。
 回向と言えば、通夜や葬儀、あるいは法事の席で、住職によって「懇(ねんご)ろに御回向申し上げました」と挨拶がありますから、お寺さんの言葉と思われるかもしれません。確かに、葬儀や法事の場合によく使われますが、これは喪主も家族や親族も、その他参列者も加わって仏事を修したことについて、「今このように積んだ功徳を住職が代表して、精霊の為に廻(めぐ)らしました」という意味で、「懇ろに御回向申し上げました」と申します。回向とは、自分が行った善行の功徳を、自ら受けるのではなく、亡き精霊に差し向けることです。するとその功徳は、より大きな功徳となって廻らされます。あたかも一粒の種籾(たねもみ)が、水や肥料、日の光りなどの条件を受け、収穫の時には万倍にもなってかえってくるように、回向して精霊に廻らすことは、より大きな功徳となって、自分に返ってくるのです。世間では今年、ドラマの影響で「倍返しだ!」という言葉が流行りましたが、回向することは一粒万倍、万倍にもなって返ってくる意味がありますから、比較になりません。
 そこで、先ほどは周囲からお陰を蒙った恩を、どうお返しすれば宜しいかという、問題提起をしました。その答えについて、これも回向するという観点から、考えるべきことと思います。その譬えに華岡青州(はなおかせいしゅう)の例を挙げましょう。
 青州は幕末に近い頃に出た医者でしたが、この人は、世界で初めて全身麻酔をしたことで知られています。その研究の過程で、母を失い、妻をも失明せしめてしまったのです。薬の効き目を確かめる為には、最終的には人に試さなくてはなりません。その時に、母も妻も進んで人体実験の被験者になることを申し出ました。そして二人への実験結果があって、ようやく実際の医療に使えるようになりました。であれば、華岡青州の成功は、身内二人の犠牲の上に成り立っているのです。青州にしてみれば、二人の犠牲はあったけれども、麻酔そのものを世の中に普及させ、多くの人を救う力になりました。この結果こそは、犠牲になった二人への報恩となったことでしょう。二人に対する報恩の志しが、方向も形も変えて、多くの人々のもとを廻(めぐ)って、救う役割を果たしたわけですから、これも回向の一つの姿と考えられます。
 さて、これが仏法の世界になりますと、回向の意義はより直截的(ちょくせつてき)です。日蓮大聖人の御書『兄弟抄』には、
 「まことの道に入るには、父母の心に随わずして家を出でて仏になるが、まことの恩をほうずるにてはあるなり」(御書983㌻)
とあります。
 私ども僧侶は仏法で説く「まことの道」、つまり真理を求めて出家をします。したがって親子の縁も断ち切らねばならず、当然親の面倒はみれません。しかし僧侶は仏弟子として、多くの人を導くゆえに、その道を全うすることが、親に対する真(まこと)の報恩となると、このように大聖人は教えられるのです。親に対して直接恩返しはできなくても、結果的にはより大きな報恩の誠を尽くすことになり、ここに回向する本義が顕われています。

 さて、様々な観点から、回向と報恩についてお話しをしてまいりました。この辺りで、本日の結論に向かいたいと思います。
 我々一人ひとりの持てる力というのは、まことに小さなものです。毎日を精一杯生きるのにも、大変な思いをしている方がほとんどと思います。仏法は生老病死の四苦を説いて、その上に、如何にして克服できるかという道筋を解き明かした教えです。日蓮大聖人はここにおいて、『竜門御書』に、
 「とにかくに死は一定(いちじょう)なり。其の時のなげきはたうじのごとし。をなじくはかりにも法華経のゆへに命をすてよ。」(御書1428㌻)
と仰せられました。死ということからは、誰一人逃れられません。鎌倉時代に生きた人たちは、疫病の流行や、天変地夭、あるいは蒙古襲来という災難に見舞われ、死を身近に感じて生きる毎日だったのです。しかし死から逃れられないことは現代人も同様です。ゆえに、法華経の信心に身を委ねる覚悟をしなさいと教えられました。
 では、その法華経の信心とは何か、と申しますと、我々一人ひとりの命が、御本尊の功徳によって、最も活かされ、あらゆる苦難を乗り越える力を得る、それがこの信心です。これまで一粒万倍の話をしてきましたが、まさに我々の一粒でしかない命が、信心することにより万倍もの価値を持つ。このことを大聖人は、
 「つゆを大海にあつらへ、ちりを大地にうづむとをもへ。」
と表現されました。
 一滴の露にもたとえられる、我々の小さな命ですが、仏法という大海に入れるならば、同じ塩味がついて、大海の一部として大きな用きをします。また我々の命を塵に喩えても、その塵を、仏法という大地に埋(うず)めることで、万物を育む大地と同じ用きをするのです。
 つまり、我々の命をこの御本尊に捧げ、南無妙法蓮華経とお題目を唱えることによって、我々の命は御本尊に同化していきます。そこに一粒万倍と表現すべき、大きな変化が、我が命に現れます。そして死への怖れや病、その他直面する様々な苦悩を乗り越えて、強くたくましく生きていく力が得られる、これが信心の功徳なのです。
 御参集の皆様にも、真の信仰を求めて、是非とも日蓮大聖人の仏法に帰依をして下さい。そして、これまで叶えられなかった様々な願いを果たして、力強く有意義な人生を送って下さい。
 本日は遠路のところ、御多用の中を、この寺子屋法話会に御参集下さり、誠に有り難うございました。