新年のお祝いあれこれ
住職 榎木境道

 新年明けましておめでとうございます。
年齢と同じ数の新年を迎えても雑煮(ぞうに)やおせち料理が食前を飾り、お年玉が行き交う様子は感慨深いものがあります。とは言え、近年お節料理の中身はといえば、かなり変化も見られるようになりましたが……。
 お節料理の起源を探ると、ハレ(非日常の日)をお祝いするのと、主婦を休ませるために、日持ちの長い献立を重箱に詰め合わせたという、主に二つの意味があったようです。日持ちについては、冷蔵庫のある今日では余り意味は為さなくなりました。やはりハレの日として、お祝い気分に浸りたいというのが、どのお宅でも強いのではないかと思います。
 世界中から取り寄せた食物が有り余る今日、お節の中身はそれほど贅沢には感じられなくなりましたが、私たちの子どものころは、年に一度しか口にできないものが随分あったように思います。蒲鉾(かまぼこ)でも、紅白がお祝いのしるしであるのはもちろん、さらに半円形で日の出をかたどり新しい門出を祝う意味があるそうです。でも魚のすり身を練って作ることからすれば、本来の保存食品を、巧みにお祝いの品に取り入れてしまった先祖の人々の智恵が感じられます。
お年玉は、物の本によればそ年神の魂を「としだま(年魂)」と呼び、家長なり主人を通して、子どもや使用人に授けられたという起源があるそうです。だからお年玉はその年の活力を戴くことであるそうな。鏡餅は反対に年の神へのお供えであるのは言うまでもありません。
 このように、新年のしきたりは、たとえお節料理の一品一品をとってみても、そこに新しい年を祝う意味が込められ、先人が合理的に考え出した風俗習慣の中にも、幸せを願う敬虔な信仰心がうかがえるのです。

 では日蓮正宗の教えのなかで、これ等の行事・習慣をどうとらえていくべきかということですが、仏教の布教の上で随方毘尼(ずいほうびに)と呼ばれる法門があります。仏の法に違わない限りにおいて、その土地や時代における風俗習慣等に随うべきことを、戒の一つとして説かれた教えです。この法門にのっとれば、新年を迎える様々な習俗も、日本古来の伝統として、伝えていくべきは当然です。
 ただ、年の神という漠然とした信仰の対象については、それらを個々に祀ることは、憚(はばか)らなくてはなりません。この点について日蓮大聖人の『月水御書』を拝すれば、
「この国の習ひとして、仏菩薩の垂迹不思議に経論にあい似ぬ事も多く侍る」(平成新編御書三〇四㌻)
とあります。天照大神・八幡大菩薩などは本来仏菩薩の垂迹(仮の姿)であっても、経論に説かれたのとは似ていない場合が多々ある、との仰せです。それはこの国の風俗等に合わせて、仏菩薩が神として出現したからであり、「仏法の中に随方毘尼と申す戒の法門はに当たれり」と、続けられています。『諌暁八幡抄』等の御書にも、八幡大菩薩は釈尊の垂迹であるという御法門を説かれています。しかしだからと言って、八幡大菩薩等をそのまま拝むようにとの仰せではありません。日蓮大聖人様がなぜ十界互具の御本尊を顕されたのか、その意義をよく拝すべきです。『日女御前御返事』に、
「日本国の守護神たる天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神々(中略)此等の仏・菩薩・大聖等、総じて序品列座の二界・八番の雑衆等、一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明にてらされて本有(ほんぬ)の尊形(そんぎょう)となる。是を本尊とは申すなり」(同一三八七㌻)
と説かれ、天照大神・八幡等の日本国に祀られてきた諸々の神々も、一切が十界互具・一念三千の御本尊に帰して、妙法五字の光明に照らされたところに、本来本有の仏の命を顕わすとの仰せです。
 したがって、どれほど尊い仏菩薩・諸天善神といえど、妙法蓮華経を離れたところに、衆生を守護したり、利益するはたらきが顕れることはあり得ません。

 日本古来から崇められてきた神々といえども、法華経の信仰の上からは、個々に祀ることはできない理由をあらかた述べました。しかし、あらゆる仏神のはたらきは、事の一念三千の当体である御本尊に具わるのであれば、御本尊を御安置すれば、他の仏菩薩や神々を祀る必要は無いということです。
 新年を祝うという、日本古来の行事を行う場合でも、本宗では御本尊を中心に鏡餅をお供えし、初のお雑煮も具え、御造酒(おみき)も御本尊にお供えしたものを戴きます。お年玉も、大晦日に御本尊にお供え申し上げれば、元旦にはそのまま妙法の意義の具わったお年玉が、子どもや孫の手に渡ることでしょう。

平成25年12月 公開